人は何の為に生まれ何の為に生きるのだろう……僕とあなたの生きる道。   幸せの秘密を知りたい人は「青い鳥」を、悟りの平安を知りたい人は「黄金の果実」を探してみて下さい。「映画」はネタバレ有、ご注意を。

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リラクゼーションと癒し
「ストレス解消法2」では、主に「身体の弛緩」=「リラクゼーション」に目を向けてみたが、一転「心の弛緩」へと目を向ければ、それは「癒し」と呼ばれる。

目に見えないこの「心の弛緩」とは一体どんなものなのかを考えてみるにあたって、まず私たちはどんな時に「癒されたぁ~」と感じるのかを見てみよう。
2002年12月に実施した富山大学の大学生を対象に行ったアンケート調査によれば、「安心感・安らぎを感じたとき」とする人が70%、「心の疲れがとれたと感じるとき」とする人が55%という結果であったそうだ。
心の疲れといっても、「心」というのは概念であって物質ではないから、実際に「心」が疲れるわけではない。
緊張感・気が張っている状態(=不安)が解決されて安心感・安らぎを感じている状態になったことを「心の疲れがとれた」と表現しているわけであるから、両者は同じことを言っていると考えられる。

私たちの心に不安があるときには、筋肉と同じように心もギューっと縮こまって硬くなっている。
ダンゴムシや亀やアルマジロを見れば分かるように「自分を守ろう守ろう」としているわけだ。
そうすると自分を守ることが出来る代わりに(いやむしろ突破され、結果ズタボロになることの方が多いわけだが・・・)周りが見えなくなってしまう。そして物事や人の意見を受け入れることが出来ない。ちょっとしたことにイライラしたり、必要もないのに怒鳴ったりして威嚇する。まるで心はハリセンボンのようにトゲトゲになっている。
「気分転換法3」の方法を使うとそんな「心」がよく観察できるはずだ。

ところで、癒し系女優といえば「井川遥」であろうか。癒し系キャラクターといえば「たれぱんだ」などが思いつく。どちらも鋭い知性やちゃきちゃきした活動的な感じではなく、ほんわかのんびりした天然系のゆる~い感じ。
また、小動物やちっちゃい子を見ていると癒されるという人は多いはずだ。
逆に大型肉食獣に癒される人はほとんどいないだろう。なぜなら彼らを目の前にして癒されていたら、それは即死を意味するのだから。

つまり、私たちが癒される対象は、どれも自分より弱い存在。自分が脅かされない存在。
だから自分を守る必要がない。不安になる必要がない。

癒し=心の弛緩=不安の解消=自分を守る必要が無くなること

そうして不安が解消され、安心しているときには、私たちの心はスポンジのように柔らかくなっていて、その時には物事や人の意見を受け入れる、スーっと吸収することができる。
自分を守る必要がなければ人と争う必要もなくなるのだ。
そして逆説的だが守ろう守ろうとしない心は傷つかない。
ピンと張った紙はよく切れるが、宙に舞っているティッシュペーパーを切ることが出来ないように。

心の平安=柔軟心=開かれた心=100%受け入れること

すると、自然と感謝の気持ちが湧いてくる。慈しみの心が芽生えてくる。何も考えずとも人の為に動ける自分がそこにいる。人生の意味がひしひしと感じられてくる。

あ~、わたしはいまここにいる!

なるほど「癒し」とは「幸せ」の道である。(このあたりの論理の飛躍は「幸福論2~幸せの本質」をご参照下さい)
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