人は何の為に生まれ何の為に生きるのだろう……僕とあなたの生きる道。   幸せの秘密を知りたい人は「青い鳥」を、悟りの平安を知りたい人は「黄金の果実」を探してみて下さい。「映画」はネタバレ有、ご注意を。

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ある男の至高体験3 ~恐怖~
(続き)
私は「孤独」を愛した。いや、そう思い込もうとしていただけかもしれない・・・「孤独に対する恐怖」を押し隠すために。

私には友人がたくさんいたが、胸を張って親友だと呼べる自信は私にはなかった。いつも仲良し三人組とか五人組とかの一員だったけれど「好きな人同士ペアを組んで」などと先生から言われると、いつも心臓が高鳴った。生きた心地がしなかった。

私は自他共に認める冷血人間だったが、それでも若いうちはそれがクールに見えるのか、なぜか結構モテた。お蔭で「去る者追わず」なんて言って格好付けていたけれども、内心はちょっと付き合ったくらいで「俺、結婚するかも」とか「こいつのためなら死ねる」とか言える友人たちが羨ましくて仕方がなかった。私は中学の時の片想い以来、燃え上がるような情熱的な恋愛感情とは無縁だった。いつもどこか冷めていた。自分は一生人を愛すことのできない欠陥品なのではないか?と本気で思っていた。

私の遅刻癖もまた、その裏には相手に遅刻されることへの不安があったのだと思う。もっと言えばすっぽかされることへの恐怖。人から軽く見られるのがたまらなく嫌だったのだ。なぜならそれは、私が愛されるに値しない人間であることを証明してしまうから。「孤独に対する恐怖」が確かにそこにあった。

そうした心の闇に初めて気づかせてくれたのは、とある自己啓発セミナーに参加した際の心理ゲームの一つであった。
私の高慢さと孤独とを増大させた自己啓発セミナーが、皮肉にもその闇に気づかせてくれた。
「人が私の言うことを受け入れてくれないのは、彼らのレベルが低くて理解できないせいだと思っていた。そうじゃない!私の方が彼らを受け入れようとしていなかったんだ。私の方から彼らを遠ざけていたんだ!」
「心の壁」を造っていたのは私であった。
人前で泣いたことのない私であったが、このときばかりはこみ上げてきた熱いものを押しとどめることができなかった。馬鹿みたいに半ば笑ってでもいるかのような声をあげて私は泣いた。
私につられてなのか、それともそれぞれに思うところがあったからなのか、1/3くらいの人が泣いていたように思う。
そしてダムが開いて流れ出た水が河に合流するが如く、お互いに抱き合った。男も女も関係なく「心の壁」なんて元々なかったんだと証明したいかのように、自然に抱き合っていた。そこにはエロスなど微塵もなく、全き自然であった。
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