人は何の為に生まれ何の為に生きるのだろう……僕とあなたの生きる道。   幸せの秘密を知りたい人は「青い鳥」を、悟りの平安を知りたい人は「黄金の果実」を探してみて下さい。「映画」はネタバレ有、ご注意を。

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ある男の至高体験1 ~理想~
「すべてが在る!」・・・そして私はすべてのものから祝福された。

私にそれが起こったのは、28歳の秋。おだやかな朝であった。
掃除を終えていつものように瞑想に入る。
心は鏡だ。目の前の汚れを拭き取れば、それを映し出す心からも汚れが除かれる。そのために掃除をするのだと、どこかで読んだ記憶がある。
「諸惡莫作 諸善奉行 自淨其意 是諸佛教」、心を清めなさいと釈尊は語られた。それは勿論このような意味ではないが、一つの解釈としては面白い。
それで瞑想の前には必ず掃除をすることにしている。

私は26歳のときに縁あって、とある御住職の下に弟子入りをした。理由をよく聞かれるのだが、不思議な仏縁であったとしか言いようがない。

若い頃の私は夢追い人であった。夢を達成することこそ人生の成功であり、自己実現であると信じていた。成功哲学を読み漁り、自己啓発・能力開発セミナー会社に入り浸った。そこには精神的にも経済的にも凄い大人たちがたくさんいた。
彼らは家賃50万円以上のマンションに住んでいた。飽きてしまったときのために分譲ではなく賃貸にしていると言っていた。フェラーリにも乗せてもらった。海外にもしょっちゅう行っているようだった。そして彼らには確かにカリスマ性があった。理想の暮らし、理想の生き方、理想の人格がそこにあった。
彼らと接していると、同年代の友人たちが馬鹿にお子様に思えた。彼らの会話がひどくつまらなく感じた。どうしてこんなくだらない話題で盛り上がれるのだろう?どうしていつも愚痴ばっかり言っているのだろう?
「鷲と共に飛べ」、これはこの頃よく聞かされた教訓である。しかしそれは理想の大空へと飛び立つ代わりに、帰る場所を無くした渡り鳥のようでもあった。小さい頃からいつともなく抱えていたのであろう小さな小さな孤独の闇は、ここにきて気づかない内にじわりじわりと広がっていたのかもしれない。


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