人は何の為に生まれ何の為に生きるのだろう……僕とあなたの生きる道。   幸せの秘密を知りたい人は「青い鳥」を、悟りの平安を知りたい人は「黄金の果実」を探してみて下さい。「映画」はネタバレ有、ご注意を。

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ある男の至高体験11 ~夢見~
会社を辞めた当初は留学するつもりでいた。
なぜなら欧米かぶれの日本人には欧米文化の輸入が一番手っ取り早い商売になると思ったからだ。

欧米かぶれと言えば「英国式リフレクソロジー」なんてほとんど笑い話である。当時単なるOLだったH氏。趣味で学んだリフレクソロジー(足裏反射区マッサージ)を日本で広めたいと思い立ち、日本人受けしそうな格調高いおしゃれなイメージのネーミングをと考え、イギリスとは全く関係ないのに勝手に付けちゃったんだとか。
それをありがたがってか大流行。先日店に行ったらなんと4時間待ちだとさ。いやはや。
もちろんネーミングだけで流行ったわけではないでしょうけどね。

話は逸れるが、こないだH氏がテレビに出てた。立派な経営者だった。これが数年前までは単なるOLだったとは思えない。
う~ん、立場は人を変えるなぁ。「らしさ」が自然に出てくる。

あと欧米文化の輸入で成功した例は、ネイルアートとかあるね。
まだまだ他にも、例えば心理学の分野を見れば腐るほどある。
カウンセリング、ユング心理学、マーフィーやらナポレオン・ヒルやらの成功哲学、ニューエイジ、エニアグラム、コーチングなどなど。
日本の心理学は10年遅れていると言われていたから、アメリカの最新心理学を学んで日本に帰ってくれば、誰でも第一人者だ。
そして講演活動、スクール開講で大儲け。

そんな目論見で、アメリカの大学のレポートを取り寄せて最新講座をチェックしたり、心理学の基礎を学んだりした。
そんな中で受けたトランスパーソナル心理学の勉強会はなかなか刺激的だった。超心理学(オカルトや超能力など)の教授とか面白い人たちが毎回講義してくれるのだが、中でもユング心理学の女教授の神秘体験談が強く心に残った。
大学時代はほとんど授業をさぼって遊び呆けていたので、あまり教授とかと話をするのは慣れてなかったのだが、とても興味深い話に感銘を受けたので勇気を出して声を掛けてみた。

「あ、あのぅ、今度留学しようと思っているんですけどぉ」

オイオイ突然そんなこと言われても先生困っているジャナイカ。
まずは授業の感想でも言うのが筋だろうに・・・私はアホか。
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スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐(2005年)
遠い昔、遥か彼方の銀河系で・・・で始まるスターウォーズ全六部作の完結編。銀河にあまねく平和をもたらす唯一の人間、“選ばれし者”と予言されたアナキン・スカイウォーカーが、銀河皇帝の右腕、恐怖の権化のごときダース・ベイダーに成り果てたのは、なぜか?

「あなたのためならたとえ火の中水の中。全世界を敵にまわしたとしても僕はあなたを愛してる!」
ちょっとクサイと思いながらも、内心一度は言われてみたい甘美な愛の代表的な台詞。
けれども本当にその通りになってしまったとしたら?
「愛」は諸刃の剣。
パドメへの愛のためにフォース(=愛)の暗黒面に落ちていくアナキンの姿は、まさに愛の二面性の象徴である。
数日前まで愛し合っていたはずの元恋人が一転ストーカーに変身したり、さらには「かわいさ余って憎さ百倍」殺人にまで発展してしまう・・・決して他人事ではない話だ。
愛とは一体何だろう?

2500年も昔に、愛とは愛執、すなわち自己中心性の源である執着であり、苦しみ悩みを生み出す唯一の原因であると看破され、愛から離れよと説いた賢人がいた。
一方2000年前には、愛こそ全て、汝愛せよと説いた聖人がいた。
どちらかが正しくどちらかが間違っているのだろうか?
いや、そうではない。
私たちは本当の愛を知らないのである。

「あなたのことを想って言っているのよ」というアナキン的な愛は、お節介なだけだ。小さな親切大きなお世話ってやつだ。はっきり言って迷惑だ。
それはパドメの結末がそうであったように、人を追いつめ生きる力を失わせてしまう偽りの愛だ。愛執だ。
本当の愛とは生きる力だ。
誰もが心の奥底で叫んでいる。「ワタシヲミテ」「ワタシハココニイルヨ」と叫んでいる。
その想いを受け止めてあげること・・・それが愛するということ。

電車男(2005年)
電車内で絡む酔っ払いから女性を助けた、ひとりのアキバ系ヲタ青年。彼女いない歴=年齢の彼は、助けたお礼を送ってくれた彼女をデートに誘うべく、モテない独身男達が集うネットの掲示板に助けを求める。「電車男」は果たして彼女に告白できるのか? 

原作(まとめサイト)を既に読んでいて内容を知っていた為、ほとんど期待していなかったのだが(読んだ時には不覚にも泣いてしまったのだけれども)、映画も人生も期待しないでいる方が大概感動を味わえるようだ。
思い返せば、人から「最高!」「泣ける!」と聞かされて観た映画(「タイタニック」「ショーシャンクの空に」「ライフ・イズ・ビューティフル」など)はどれも泣けなかった。単なる天邪鬼?

「努力、友情、勝利」という、まるで少年ジャンプのような単純明快なストーリー。
だが、人生とはえてしてそんなものである。振り返ってみれば単純明快。
「そうか、そういうことだったのか!」で解決なのです。
それを複雑にしているのは自分自身。妄想膨らむ頭の中。結果を気にして試行錯誤。
だけど結局人生を変えることの出来るのは、いつだって最初の第一歩を踏み出す小さな「勇気」だけなんだね。
そして、その勇気を与えてくれるのは・・・

「忘れるな、お前には俺たちがついている!」 

自分という名の鳥かご

アインシュタイン
「人間の真の価値は、おもに自己からの解放の度合いによって決まる」

『アインシュタイン150の言葉』


「相対性理論」でそれまでの時空の常識(固定観念)を打ち破った20世紀の天才科学者(彼自身は「私は天才ではない。ただ人より長く問題とつき合っているだけだ」などと言っていますが)。
彼の言葉を見ていると、「科学と宗教は対立する」などという一般常識なんぞ恥ずかしくて口に出来なくなってくる。
一つのことに真に打ち込んだ者には自ずと宗教的な眼が開かれてくるのだろう。

「自己からの解放」というのは、分かりやすく言えば「自己中心性からの脱却」だ。
日常的な観点においても「自己中」な人は嫌われるわけであるから、これは誰しも納得できるかと思う。
だが、実際は「自己実現の妙」で触れた言葉たちと同じことを言っている大変宗教的な言葉なのです。
つまり「自己中」というのは、あの人は自己中であの人は自己中でないというような性格の問題ではなくて、人間であれば誰しも抱えている本能だということ。
だから「自分はさほど自己中ではないかなぁ?」なんて思っている人は、おそらく日常では比較的いい人なのかもしれないが、宗教的には重症である。
浄土真宗の親鸞は説いた。自分の自己中に気づいて深く悩む者(=悪人)こそが救われるのだと(悪人正機)。
「私はこのような人間である」「善人であるためには~すべきだ」などと、自己という名の鳥かごに閉じ込められていることに早く気づいて、広大自由な大空へとはばたけ! 
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