人は何の為に生まれ何の為に生きるのだろう……僕とあなたの生きる道。   幸せの秘密を知りたい人は「青い鳥」を、悟りの平安を知りたい人は「黄金の果実」を探してみて下さい。「映画」はネタバレ有、ご注意を。

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幸福論2 ~幸せの本質
さて、『幸せを感じるのはどんな時?』のアンケート結果を見ると、概ね共感できるものの、そうそう!と大きくうなずけるものもあれば、それはそれ程感じないなぁというものもある。「幸せとは何か?」と考えた時、結局「何を幸せと感じるかは人それぞれ」だという結論になってしまいそうだ。
この結論はある意味で正しい。
人によって何に幸せを感じるかは異なるのだから「幸せは人の数だけある」のだろう。

しかしながらある意味でそれは間違いだ。
なぜなら、人によって幸せが違うのではなく、その時その場所における環境や精神状態の違いによって、何に幸せを感じるかが異なってくるのである。
例えば、おいしいケーキを食べて「ああ、幸せ・・・」とニンマリする人も、毎日三食ケーキを食べ続けさせられるとしたら、それは地獄ではないか?
さらに言うならば、それは幸せの「手段」であって幸せ「そのもの」ではない。

では、これら全てに共通する幸せの「本質」とは何だろうか。

ほとんどの場合「生きていてよかった!」と思えるときに幸せを感じるものと思われる。
試しにそれぞれのアンケート結果の第一位を見てみよう。
1.日々、健康な状態で過ごせていること→(生きていてよかった!)→「幸せだなぁ」
2.家族全員で過ごす時間→(生きていてよかった!)→「幸せだなぁ」
3.毎日が元気で笑って過ごせるとき→(生きていてよかった!)→「幸せだなぁ」
4.エステ・温泉・海外旅行など、日常生活から自由になれたとき→(生きていてよかった! )→「幸せだなぁ」
5.大好きな人と一緒に過ごすとき →(生きていてよかった!)→「幸せだなぁ」
他の項目も見てみて欲しい。例外はないと思われる。

つまり「幸せ」=「生きていてよかった!」である。
もっと正確に言うならば、良いも悪いも超越した「ああ、私は生きている!」という確信、すなわち「幸せ」=「存在のリアルな実感」である。

ところで、存在を実感する為には当然のことながらそれが存在していなければならない。存在していなければそれを実感することはできない。
そしてそこから驚くべき事実が導かれる。
それは、実感を感じようが感じまいが、私たちは生きているということ。存在しているということ。

探していた青い鳥はすぐそばにいた・・・幸せは実はすぐそばにあった・・・とんでもない!
私がいるということ、あなたがいるということ、それが幸せの本質なのだ!
すぐそばどころの話ではない。「私たち自身」が「幸せそのもの」なのだ!
だから決して幸せは逃げることはない。もしも見えなくなったとしても、無くなってしまった訳ではない。いつでもそこに在るのである。いつでも私たちに気づいてもらえることを待っているのである。
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コメント
この記事へのコメント
幸福論!
こんにちわ!
お邪魔させていただきます。「幸福」について考えるって、全ての発想の出発点ですよね。
いきなりですみません。二つもTBさせていただきました・・・。
2005/05/26(木) 21:14:56 | URL | Berzerkeley #-[ 編集]
アルファでありオメガ
そうですね♪
幸福は全ての発想の出発点であり、かつ終着点でもあると思います。
幸せであれば、あとはなーんもいらない!?
2005/05/27(金) 07:47:08 | URL | マンゴー #W8W63bPo[ 編集]
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